やかやと一度にしやべりまくることだらうし、年の暮れで気忙しくしてゐる人をいつまでも掴へてはなさないにちがひないが、……とにかく、私はあまり知人たちを見かけない千住《せんじゆ》や三河島、あるひは尾久《をぐ》から板橋にかけて、都会の汚れた裾廻しを別に要事もなく仔細ありげに歩き廻つてゐた。かうして、短い冬の日が暮れると、こんどは自分の家へ帰るやうな顔つきをして、夕闇の中に浮浪者のうようよとしてゐる浅草田中町へ戻つて来るのであつた。安い飯屋や泡盛焼酎なぞを飲ませる店が満員でやかましく、豚や馬の臓物を煮込んだり焼いたりする臭ひが人間たちの体臭と入りまじつて、町の辻には土色をしたのや煉瓦色をした女たちが、用心棒をうしろに隠して立つてゐる。
私も、使ひ果してほんの小銭ばかりになつたうちから、飯を食つたり酒にしたりするのだ。
宿では、三畳ばかりのところに二人乃至三人づつ、相部屋《あひべや》するので、私は随分と色んな種類の、見知らぬ男たちと枕をならべて臥《ね》たものだ。渡りの土工、家出して来たり、蠣殻町《かきがらちやう》あたりで持金をすつて了つた田舎もの、てきや、流しの遊芸人、あるひは明かに泥棒らし
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