づれにしても、人間の精神が愚弄《ぐろう》されてゐるやうな憂欝が頭をもたげて来る。
私は、手に入れたばかりの貨幣を哀しく思ひ、出来るだけ早く振り捨てたくなる。そして、それは意義のある使ひ方に適当してゐない、およそ下らない浪費にこそその使途を運命づけられてゐるやうなものだ。
私の暮れの仕事は、かうしてはじめから蹉跌《さてつ》して了つた。私は、甚しく疲労|困憊《こんぱい》してゐるにも拘らず、最も不健康な消費面に沈溺して、その間中、敢《あ》へて他事を顧なかつた。よくも、肉体が持ちこたへられたものだと、あとで、不思議になつた位であるが、やがて寝呆け面で、れいによつて、浅草公園に近い木賃宿にぼそんとしてゐる自分を見出したのは、これほど私を敗頽《はいたい》させた不出来な仕事が終つてから、かなりの時間が経つてゐた。それまで、どこを転々として、何をしてゐたかと、朦朧《もうろう》として頭を捻《ひね》つて跡を辿ると、恥づべき所業だけしか手繰り得ないのもいつもの通りだ。我ながらいい気なものだし、腹が立つよりは、莫迦莫迦しすぎて、軽蔑したくなる。
しかも、そんな場所で、徒らに帰らぬ悔恨に耽つてゐる間に、またしても時間は過ぎて行くばかりだ。折角予定してあつた期日のある仕事は、次から次へと手もつけずに終つて了ふ。焦躁に駆り立てられながら、私はなすこともなく、じつとしてゐるのであつた。最初の踏み出しを蹴つまづいて了つたとは云ふものの、出来るだけ早く姿勢を取り直せば、最小の犠牲で何とかすむのだ。さうは理窟で分つてゐるのに、私は誇張的に、もう駄目だ、もうどうすることも出来ないと、うたふやうに自分に云ひ聞かせたりする。そして、一日おくれればおくれるだけ、倍加的に立ち直りにくくなるのは決つてゐるが、それもある限度があつて、遂に、今となつては、いくら仕事をする気になつてもおつつかないと云ふ瞬間が来る。私はそれを待つてゐたかのやうに、やつと寂しい落ちつきを得て、ぐつたりと疲れて了ふ。仕事を渡さねばならない相手の怒つた表情や、家族の者たちの当惑した顔が浮んで来て、私を責めるが、私は素知らぬ風を装つて、しかし、気弱くそつぽを向いてゐる。
知つた人に逢ふのがいやで、……そのくせ、偶然、誰かに出会つたとすれば、それこそ人なつつこく、永い間の孤独な沈黙から解放され、久しぶりに友だちと快談する悦びに駆られて、何
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