。それがぐつと癪に触るのだ。白状させて了ふのはこはいが、やけになつて追及すると、そんな下らないこと云ふんなら、これから岸田さんとこ行つてあかしを立てて貰はう、そして、もうあんな店はやめて了ふ、と夜中にも係らず喚《わめ》き散らすので手に負へないのです。店をやめられては大へんなので、結局はこちらが謝つて、なだめすかすと云ふ始末なんだ。何て情ない生活だ。
 ゆうべだつてさうだ。いや、ゆうべのやうな気持でゐたが、ゆうべぢやない、一昨夜、一昨昨夜になつて了つたが、自分が久しぶりに京都から帰つて来たのが九時であつた。京都へは一週間ほど前に、伯父の病気がアブナシとの電報があつたので母はもう老齢で行けないし、自分独りで葬式に参列するつもりで発《た》つたのである。行きついて見れば、帝大病院の一室で絶望を宣告された腹膜炎の彼は奇蹟的に生きてゐた。伯父は自分の成長した姿にはじめて接したので涙を流して悦んでくれたが、甥《をひ》や彼の肉親の者はほんの義理で電報を打つたつもりらしく、しかも伯父が生き返つたので、もしかしてこの昔の養子に遺産の分前のことなど云ひ出しはすまいかとはらはらして、自分には余りいい顔をしなか
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