に出て号泣し、前に置いた箱の中へ、一銭の喜捨を乞ふ少年にちがひなかつた。
彼は今の女に、不景気なと罵つた手前、自分が如何に景気がよいかを、誇り出すのであつた。――
「こなひだもなアイノリ(二円)になつた日があつたんやぞ――みんなオツチョコチョイで、オケテしもたけどな」
オツチョコチョイとは、あすこで、ラッコの襟巻をし、金縁めがねをかけた冷い眼の男が開いてゐるやうな、路上の賭博であると、彼はつけ加へた。
「へえ」と、小説家は感心してやらねばならなかつた。
「五十円もウネツテたまつたら、病院に入つてこまそと思ふんやけど」
「どこが病気や」
「どこが、悪いのかなア」と他人事《ひとごと》のやうに少年は云ふと、
「ほんまに、はよ、治しときや、手おくれになつてしもたら、あかんさかいな」と、気がよささうな煮込屋の主人は、横から忠告するのである。
「うん、さう思うてんねけどな」と、少年は、一銭ばくちで五十円を勝ち貯める日がなかなか来ぬことを考へてゐるやうな眼つきをし、それから――「おつさん、モヤ一本頼む」と云ふと、「おいな」と、主人は胃散の大きな罐の中から、吸口をちやんとつけたバットを取出して、一
前へ
次へ
全40ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング