時々いい気持にそこへ坐つたまま居眠してゐた、髪の毛の薄い少年であつたが、腹巻の中から、新聞紙に包んだ銅貨を出すのである。もちろん、彼は重いほど持合はせてゐるわけでもなかつた。
肩掛の女は六銭握ると、おほきにと礼を云ひ、考へて、少し離れた、屑のすし屋で買物をし、小説家の方をちらと見てから、小走にガードのあちらへ、駈去るのであつた。少年も亦、それを見送り、小説家の手に残つた、よれよれの市電切符を指して、
「ガゼビリめ、パス一枚でヤチギリやがつたな、――ほんまに不景気なはなしや」と、説明するのであつた。
「ふむ」と、小説家は咽喉をつまらせて、今の女の一生を思ひ、それから、少年を――その顔は、腫れあがつて赤味を帯び、眼も細く、破れた着物の下には襯衣《シヤツ》があるが身体中の瘡蓋《かさぶた》のつぶれから出る血や膿《うみ》にところどころ堅く皮膚にくつついてゐた、銅銭の紙包と一しよにボール紙を持つてゐて、――それには、この子は両親も身寄もなく、しかも遺伝の病気で困つてゐるからどうかめぐんでやつてほしい、と云ふ意味の文句が、同県人より、お客さま(!)と書き副へて記されてあつたのを見ると、彼は繁華な通
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