と云ふと、
「あたりました」と答へ、なんでや、見栄があるやろ、とからかふと、「あんたは、旦那やよつてに、かめへん」と、尚も小説家を悲しませるのである。
 それから雨中に、のれんを排して出た女装の男は、頬に雨滴をあてて、
「おお、冷《ひや》こ、ええ気持やこと!」と叫び、酒にまかせて外套の浮浪者にしなだれかかると――「ちつ! わいは女はきらひや」と、彼は忌々しげに舌打ちし、その手を払つて、どんどん先に立つて行くのであつた。
「上等の店、おごつて貰ひまつせ」と、彼は云つて木賃宿の裏手の狭い道を――そこから薄暗い部屋に親子夫婦たちがくるまるやうにして寝てゐるのが煤《すす》けた格子窓越しにのぞかれ、また戸締りのしてない裏木戸からは、列んだ便所の戸がどれも開いてゐるのが、陰気臭く見えるのであつた。
 めざす店はまだ起きてゐた。
「芋粥《いもがゆ》くれ、おつさん」と、外套は呶鳴つた。吹きながら、人々の手垢で黒くなり、塗りの剥げた箸で、煮込のやうな粥を咽喉に通しながら――「なんやて、明日ハ十五日ニツキ アヅキガイ二銭モチ入アヅキガイ三銭――よし来た、おつさん、今晩は旦那がついてる、餅入小豆粥一つ呉れ」
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