と、壁に張つた紙ぎれを読んで云ふのであつた。
絣《かすり》の筒袖《つつそで》を着、汚れてはゐるが白の前掛をかけ、茶つぽい首巻をした主人は、煤の垂れさがつてゐる、釜の側で、煙管《きせる》をくはへてゐたが、
「こら、あしたや、けふはあかん」と、ぶつきら棒に返事した。
「あしたやて、ふん、あしたと云ふ日があるならば」と浮浪者は節をつけて応酬をして、「こら、見い、もうぢき、十二時やぞ、そしたら、あしたや、待つてたろ」と、箸をあげて、棚に置かれてある、アラビヤ数字のいやに大きいニッケルの眼ざまし時計を、指すのであつた。主人は冷く、相手にしなかつたので、彼はまた呶鳴りちらした。
「こら、わいの云ふことが分らんか、こら、人殺しめ!」
「なに云ひなはんねん、そんなこと」と、女装が驚いて制止すると、
「うるさい、女は黙つとれ」と、彼は邪慳《じやけん》に唸つた。それでも、主人は身動きもせず、白い眼で見るだけで、――その眼が 「このルンペンめ、そんなこと云ふと、もう、うちの粥食はさんぞ」と云つてゐるやうに見えたので、外套は、がくりと首を垂れ、
「いや、ほんなら、芋粥お代り」とおとなしく云つて、うまさうに、
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