驚いて連れて行くと、また、ひよろひよろと帰つて来、それを再三再四繰りかへしてゐたと、云ふ。
「なんでや」と、小説家はたづねた。彼は、さうした慈善病院の官僚的な冷い有様や、堅い寝心地の悪い木のベッドよりも、弱つた神経のうちから馴れた野宿を思ひ出すあの浮浪者魂のことを、考へてゐたにちがひない。
 しかし、相手は、
「なんでだつしやろな」と無関心に答へ――「寒い、寒い、――兄さん、お酒はどうだす」と、云ふのであつた。なるほど、広場を過ぎたところに、焼酎屋があつたが、彼は、「さあ、金があるか知らん」と心配すると、
「いや、大丈夫」と、女装は力を入れて「おます」と、勝ち誇つた。先程、小説家が彼に五十銭与へた時、その財布の中を、のぞいて数へて了つたのだと云つた。それは商売からして、無意識に行ふのである。
 ――油障子を半分だけ閉めた中の、二すぢの長いテーブルには、人々が――ボタンのない外套の上から縄をしめたのや、羽織もなく寒々とした黄色い顔の男や、絆纏《はんてん》にゲートルを巻いて、何か知らぬが大きな風呂敷包を腰にくくりつけたのや、眼脂《めやに》で眼蓋《まぶた》のくつつきさうになり、着物の黒襟が汚
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