そして、力なくだらりと垂れた老人の足からは、竹の皮の冷飯草履がぬげて落ち、垢ぎれでひび割れた大きなその足裏が気味悪く、懐中電燈の光にうつし出されるのであつたが、れいの浮浪者は逸早《いちはや》く、草履を自分の足に――彼ははだしだつたので、ひつかけた。すると、巡査は癪にさはつたやうに、「おい、おい」と頤《あご》を振つて注意し、――「そら、病院のや、いれとけ、いれとけ」と叱つた。浮浪者はすなほに、その病院の名らしく焼印のおされてある草履をぬぐと、肘《ひぢ》で拭ふのであつた。何故なら、すでに彼の足の泥がつき、濡れて了つてゐたのである。少してれて、それを老人の足指にはめようとしたが、すぐ落ちてダメなので、人夫は黙つてひつたくり、車の底へ押込んだ。
「兵隊辰やな」と、女装の男は、癖で歯をガチガチ寒さうにならしながら、小説家に説明して云つた。その声に、巡査はちらと、こちらを見たが、人夫が寝台車の梶棒を握つて立ち上ると、「爺さん、もう戻つてくれるな」と云つた。さつきの浮浪者はそれに応じて、「旦那、兵隊辰はもう二度とここへ帰つてけえしまへん――今さき、触つたらもう冷たうおました」と低く云つたが、巡査は苦
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