度や二度のことではなく、おとしでなければ、ほうあれが若旦那のかみさんとあるひはおつね、ある場合は、なかなか浅草つ子ぢやないか、あの気持がうれしいなぞとおしげにと、客は心を移して行つた、おきよはとり残され、孤独のためにひがみが募つてひとの客を奪《と》るなんて、そんなことまだ浅草ぢや聞かないよと喚《わめ》くやうになつたのだ。
――彼女が義姉に口惜しがつてゐるのは、さうした人気の問題だけではなかつた、品川のかなり当世風に華美にやつて盛つてゐる大料理店の娘であるおつねは年こそおきよより一つ上だが、女としての磨きがかかる一方で脂ものり、稍々《やや》丸顔の小肥りの身体は男たちの軽い浮気心を唆るに充分であつた、それに、おきよに較べると、ぎすぎすしたきつさがなく態度も気さくで、人を見ては軟くしなだれかかり、色つぽいことを口にし、需《もと》めに応じては端唄都々逸《はうたどどいつ》のひとふしもやらうと云ふので、おきよが、草餅やだるま茶屋のねえさんでもあるまいし、あんなによくも平気でいやらしく出来たものだといくら蔭口を利いても、男たちは騒ぎをやるのだ、義姉さんは、あの人とあやしいんぢやないか知らと、わざと
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