答へながら、家の中を見廻して、「たむら」も随分変つたぢやないかと懐旧の念にたへがたさうにすると、調子づいて、ええ、ほんとにねえ、すつかり下卑《げび》て了つたでせう、もとの方がいいんだけど、何だかかうしなければ、大衆的にしないと人が寄りつかないんですつて、だから、お父つあんの頃とは方針、むつかしいわね、経営方針が変更したのよ、田舎者《ゐなかもの》が増えるばかりだからねえ、と言葉を合せるのが習慣になつてゐた、さうしたお客も永くはおきよに興味をつないでゐないのもまた、例になつて了つた、おや、あれはとしちやんぢやないかと、おきよの容貌があまり汚くなつてゐるのに、こんな女にのぼせてゐたのかと白々しくさめる気持を味ひつつ、ふと他のテーブルの客とむだ話してゐる妹娘に眼をとめて云ふ、さうよ、大きくなつたでせうと、おきよも仕方なく、ちよつと振向いて、若い彼女をねたましく思ふ、彼女の馴染客はさうかねえ、まだ小学校の洋服を着てよくここへ出ては、僕に宿題の算術を教へてくれなんて云ったものだが、とし坊、ここへ来ないかと、もうおきよをさし置いて、おしげと同い年の妹の生毛立つた清潔な美しさに誘はれたりした、それが一
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