支那ソバを受け取り、おあがり、と箸を割つた。
おしげの胸はどきどきしてゐた、――この人はあのことを知つてゐたのか、しかし、まさか、と打ち消すのであつた、ちよつと疑ぐつてゐる位なのを、日頃にないやさしさで味方面《みかたづら》して一切を聞き出さうとしてゐるのではないか、その後に来るものが恐しい、油断してはならないと彼女はおのづと警戒した。
「すみませんが、お冷《ひや》を頂戴」
おしげは水を貰つて、トーストを食べた。
「――本当よ、あの義姉《ひと》の鼻をあかしてやりたいのさ、威張りかへつて胸くそが悪いつたらありやしない、お客と云ふお客はみんな自分の器量にひかされて来ると自惚《うぬぼ》れてるんだものねえ」
さう云ふおきよはどうだらう、とおしげはをかしくなつた、――きのふ朝飯の時、他の女たちに聞えよがしにだが、しげちやん、誰さんと誰さんとは私のお客だからとらないでね、とヒステリみたいに叫んだ、彼女こそ今でもお客は自分を目当にしてゐると思ひたがつてゐるのではないかと、おしげは、お相憎《あいにく》さま、ふふんだと肚の中で呟いた、だが、考へやうによつては、おきよが苛々《いらいら》してゐるのももつ
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