はあまり頭がづきんづきんするので、よして独りでことこととそこいらを片付けてゐた。
「おしげ」と旦那が呼んだ、――「話があるから、あとで来てくれ」
若い夫婦の部屋は離れになつてゐた、雨の中を小走りに行き、濡れた髪の毛に触つて見てから、
「ごめんなさい」と、障子を開いた、お神さんは今夜も品川から帰れぬと電話があつて、豊太郎が一人で、三味線や置きものをうしろに、火鉢に手をかざしてゐた。
「お入り」
彼は何故か苦が笑ひをしてゐた、火鉢の前においでと云つて、
「――何だつてね、福ずしがお前をほしがつてるんだつてね」
「さア、よく知らないんですけど――」
「さうかい」と、煙草を取りあげた。
「あいつがお前に何とか云つたら、承知するつもりなんだね」
「――いやだわそんなこと」
おしげはむきになり、言葉づかひを忘れて、打ち消した。
豊太郎はうなづいた、それから、調子をかへて静かに云ひ出したのだ。
「――笑はないで聞いてくれ、本当を打ちあけると、私は随分以前から、お前が好きだつたのだ。けれど、主人を笠に云ひ寄つたなぞと思はれるのも業腹《ごふはら》だから、ぢつと押へて黙つてゐた」
おしげは、常日
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