答へながら、家の中を見廻して、「たむら」も随分変つたぢやないかと懐旧の念にたへがたさうにすると、調子づいて、ええ、ほんとにねえ、すつかり下卑《げび》て了つたでせう、もとの方がいいんだけど、何だかかうしなければ、大衆的にしないと人が寄りつかないんですつて、だから、お父つあんの頃とは方針、むつかしいわね、経営方針が変更したのよ、田舎者《ゐなかもの》が増えるばかりだからねえ、と言葉を合せるのが習慣になつてゐた、さうしたお客も永くはおきよに興味をつないでゐないのもまた、例になつて了つた、おや、あれはとしちやんぢやないかと、おきよの容貌があまり汚くなつてゐるのに、こんな女にのぼせてゐたのかと白々しくさめる気持を味ひつつ、ふと他のテーブルの客とむだ話してゐる妹娘に眼をとめて云ふ、さうよ、大きくなつたでせうと、おきよも仕方なく、ちよつと振向いて、若い彼女をねたましく思ふ、彼女の馴染客はさうかねえ、まだ小学校の洋服を着てよくここへ出ては、僕に宿題の算術を教へてくれなんて云ったものだが、とし坊、ここへ来ないかと、もうおきよをさし置いて、おしげと同い年の妹の生毛立つた清潔な美しさに誘はれたりした、それが一度や二度のことではなく、おとしでなければ、ほうあれが若旦那のかみさんとあるひはおつね、ある場合は、なかなか浅草つ子ぢやないか、あの気持がうれしいなぞとおしげにと、客は心を移して行つた、おきよはとり残され、孤独のためにひがみが募つてひとの客を奪《と》るなんて、そんなことまだ浅草ぢや聞かないよと喚《わめ》くやうになつたのだ。
 ――彼女が義姉に口惜しがつてゐるのは、さうした人気の問題だけではなかつた、品川のかなり当世風に華美にやつて盛つてゐる大料理店の娘であるおつねは年こそおきよより一つ上だが、女としての磨きがかかる一方で脂ものり、稍々《やや》丸顔の小肥りの身体は男たちの軽い浮気心を唆るに充分であつた、それに、おきよに較べると、ぎすぎすしたきつさがなく態度も気さくで、人を見ては軟くしなだれかかり、色つぽいことを口にし、需《もと》めに応じては端唄都々逸《はうたどどいつ》のひとふしもやらうと云ふので、おきよが、草餅やだるま茶屋のねえさんでもあるまいし、あんなによくも平気でいやらしく出来たものだといくら蔭口を利いても、男たちは騒ぎをやるのだ、義姉さんは、あの人とあやしいんぢやないか知らと、わざと
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