は泣かされた、――それよりも、彼女の店での人気がうすれてゐるのには、おしげも驚いたのだ、妹のおとしが代つてみんなにちやほやされてゐた、兄嫁のおつねも色つぽくて受けがよかつた、おしげだつて気性を買はれて何とか彼《か》とか云ひ寄る客も少くはない、かつては客と云ふ客が、おきよのために高い酒を飲んだのであらうが、近頃は、他の女たちの方がわいわいと云はれて、おきよはますます硬い表情でとり残されると云った工合であつた、不健康な生活のために二十五だと云ふのに、肌理《きめ》が荒《すさ》んで、どことなく頽《くづ》れて来た容貌がすでに男を惹《ひ》かなくなつただけではなく、歪《いび》つな性格がさうなるとますます露骨になつて不愉快であるらしかつた、それでも店へ出ることはもとよりやめなかつた、いつまでも「たむら」の看板娘であると信じてゐたかつた、わざとまたそのやうな振舞をするので無理が眼立ち、反感と滑稽さを同時におぼえるのであつた。それでも何かの工合で、ひよつと彼女の表情にも寂しい翳《かげ》のさすことがある、酔つ払ひの声に女の嬌笑《けうせう》がいりみだれてゐ、おしげ自身もいい気になつてお銚子の代りを取りに立つと、ふと料理場の入口でおきよが青白いまでに哀しげな風にこちらの賑かさを見てゐるのだ、何かにつき当つたやうに、おしげははつとしたがその時ヘもう、おきよはいつもの自分を恃《たの》んだうそぶいた冷さに戻つてゐた、どうかしてもう一度人気をとり戻したいと焦つてゐるのは、気を変へたやうに愛嬌をつくつて客席へ出て行くのでも察しられた、もしも、彼女に幾分気があつたが、相手にされないのでいつか遠ざかつてゐた昔馴染《むかしなじみ》の客がなつかしげに現れたりすると、彼女はすつかり勢づいて声をはずませるのであつた、まア、おめづらしい、と以前はそんなにべたべたしなかつたであらうに、側へくつついて、やつぱり忘れないで来てくれたのねえと、大声で誰の耳にも聞えるやうに、ほら、あの人はどうした、いつも一人でべらべらしやべつて私たちを大笑ひさせてさ、そのくせ、自分はちつともをかしくないつて風で、散々笑はせたあとは、むつつりと苦が虫を噛みつぶしてゐた人さ、なぞと知人をあげて消息をたづねたりした、私にラヴレター呉れた、足の悪い絵の先生だつた人もゐたぢやないの、とわざとしつこく云つたりした、ああ、あれか、あいつは、なぞとその男も
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