の拳を震はせたりしてゐたぢやないか! 今日ばかしぢやない。きのふもおとゝひも、いや一週間も前から毎日毎日! さア白状なさい、何といふ言葉をお前はグリツプに教へようと試みてゐるんだか!」
「僕は芝居がゝつた言葉や動作のとりやりが何よりも嫌ひな性分なんだ。子供の時から犬一匹飼つたことのない者だ。鸚鵡に言葉を教へようなんていふ可愛らしい心は僕は持たないよ。」
 私はこの上ツ調子の態度が気に喰はなかつたので、子供の時犬を飼はなかつたわけぢやないのだが、さう言葉を誇張して、そして殊更に憂鬱気な態度を示した。
「グリツプといふ名前はお前に返さう。」Fは仏頂面をして叫んだ。
「勝手におし。返されても僕は決して不名誉には思はないよ。」
 厭だと云ふのに、どうしても鸚鵡に名前を付けて呉れと云つてFは承知しないので、いつだつたか私は仕方がなしにグリツプと称ふ名前を与へたのだつた。中学の一年か二年の時に習つたチヨイス読本の中にあつた[#横組み]“LAZY RAT”[#横組み終わり]といふ章を私は覚えてゐた。主人公の若い鼠の名前がたしかグリツプといふんだと思つた。Fは、いつもこの鸚鵡のことを「怠け鸚鵡」と叱つ
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