。彼は、続けざまに水を打ちかけた。
その騒ぎを聞いたかしてフロラが彼の扉を叩いた。斯んな唖鳥でもフロラは非常に可愛がつてゐるので、彼は、
「グリツプが喉が乾いたやうな声を出したので今水を与へたところだよ。」
と急に親切さうな眼で唖鳥を見直した。
「グリツプの言葉を聞いた?」
「おゝ、聞いたとも――」
と彼は肩をいからせて返事した。
「何んな言葉だつたの?」
「……今夜また鳥籠を君の部屋に戻さう、君が明朝彼女の声で眼醒めるために――そして僕等は、彼女の言葉を一日置きに夫々の部屋で聞くとしよう。」
などと彼は咄嗟の間に云ひ放つた。
「お前を愛する――と云はなかつた?」
フロラが彼の胸に顔を埋めて呟いた。
「お前を愛する――と云つた。あのテキストの中に同じ言葉があつて、あの晩その発音法を余りに多く吾々が繰り反したのでグリツプが覚えたと見える――お前を愛する。」
二人は抱き合つたまゝ、何の言葉もなかつた。
階下の母親が昨日の朝と同じやうなことを食卓で呟いてゐた。いつの間にかグリツプは脱け出したと見える。
そのことがあつてから二人は、愛する! といふ言葉を何時も臆面なく取り換すこ
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