た。
「ねえ、君――」
 不図堀田は、兵野の方へ盃をとつた腕を伸して、
「まあ、この憐れな男の盃を一杯享けて呉れ給へ、君はさつきから僕の方を如何にも同情に充ちたらしい眼差しで眺めてゐるが、憐れんでゐて呉れるのぢやなからうか――」
 と取り縋つた。
「憐れむなんてこともないけれど――俺は、君に好意を感じてゐたところだ。」
 兵野が斯う云つて盃を享けとると、突如、堀田は※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のやうな奇声を挙げて、
「有りがとう、君は俺の友達だ!」
 と叫ぶや、いきなり兵野を抱き寄せた。
「苦しいよ、堀田君――まあ、離して呉れ。」
「おゝ、俺の名を呼んで呉れたか、天野君。」
 と堀田は狂喜のあまり、思はず兵野を、出まかせの姓で叫んだが、兵野は別段訂正の必要も覚えなかつたので、そのまま、
「君は此処の常連か?」
 などゝ訊ねた。
 堀田は、途方もなく誇張した言葉で、さめざめと涙を滾しながら沁々と人生の哀感について、兵野に訴へた後に、
「今まで俺の斯んな心持を真顔で聞いて呉れる者は、お君ちやんより他はなかつたが、謀らずも今夜、君といふ同情者に出遇つて斯んな嬉しい事はない。今後
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