に最も適してゐるかのやうに細々として、笛の音に似てゐた。
 その声を耳にしてゐると兵野も、泥酔にちかい状態であつたせいか、思はず釣りこまれて沁々としてしまひさうであつた。
「いつたい人間が、――これほど分別ざかりの一個の男の胸中が、斯んなにも間が抜けてゐて、斯んなに頼りなくて、たゞ、もう、無性に、斯んなに悲しくつていゝものかしら――そんなことで何うなる……」
 娘は、横を向いて欠呻を噛みころした。――堀田の声が、厭に冴え冴えとひゞくと気づいて兵野があたりを見廻すと、いつの間にか其処にゐた客達の姿はひとりも見あたらなかつた。
「お君ちやん――お酌だ、飲んで、飲んで、僕は、この寂しさの奈落に真ツさかさまに落ち込むのが本望さ。」
「あら、とう/\、泣き出してしまつたわ、厭な堀田さんね。」
「泣く堀田は嫌ひか、お君ちやん――」
 真実、堀田の両眼からは珠のやうな涙がさんさんと滾れ落ちた。――兵野が、堀田の有様を眺めたとこによると、決して彼は、そんなことを云つて娘の甘心を誘はうとしてゐるのではなくて、心からなる人生の寂莫を誰にともなく訴へて、ひたすら単なる断腸の思ひに切々と咽び入つてゐるのであつ
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