たりの二階屋だ。」
「えツ!」
 と、その時、堀田はあからさまに愕然として、思はず兵野をとり落しさうになつたが、
「危いツ――失敬/\!」
 直ぐに、驚きをとり直して、兵野を抱いたまゝ大股で門口に進むと、軒灯にすかして凝つと、表札を見あげてゐた。
「やつぱり、左うだ!」
 と彼は唸つた。――そして、眼を真赤にして、
「これは、貴方の叔父さんの表札ですか?」
 と、開き直つて兵野に尋ねた。
 何も気づかない酔ひ痴れてゐる兵野は、いとも洒々落々たる音声をあげて、「さうとも/\たしかに僕の叔父の表札さ。僕は二年前から此処に住んでゐるよ。今時分帰る時には玄関からでなしに、庭を回つて椽側から入ることになつてゐるんだから、向方をまはつて――まあ、君、折角だから上つて行つて呉れたまへ、女房にも会つて呉れ給へ、お礼を云はせたいんだ――ねえ、堀田君――」
 などゝ云ひながら、からみつかうとすると、堀田は例の笛に似た泣くやうな奇声で、
「あゝ、やつぱり、さうだつたか……」
 と唸ると一処に、
「さよなら――」
 と、もう一度堅く兵野の手を握つたかと思ふと、パツと、それを思ひきり好く振り離して、後ろも見ずに
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