もなく、
「この辺りだらうと思ふが――」
といふ可細い堀田の呟き声で、兵野は醒された。
「さうだ――そのポストを左に曲つて……」
「相当の道程《みちのり》だね、これぢや君、酔つて帰ると車から降りて仲々骨だらう――」
堀田の音声は、何といふこともなしに浮ついてゐるようであつた。
「斯んなに酔つて、帰ることは珍らしい。でも、僕は酔ふと歌をうたふ癖があつてね、この辺まで来ると大概家の者が聞きつけて、迎へに来るよ。」
「もう遅過ぎる時刻だから、歌は勘弁して呉れ給へよ。」
堀田は臆病らしく、兵野の耳もとにさゝやくのであつた。
「気の毒だね。斯んなところまで送らせてしまつて――家の者を呼び出さう。」
「待つた/\!」
堀田は慌てゝ兵野の口腔をおさへた。「この先、僕は何れほど君に厄介になるかも解りはしない……」
「何云つてやがんだい――心配するない。」
兵野はわけもなく叫んだ。
すると、堀田は、いきなり兵野を抱へ直して、
「有りがたう――忘れないで呉れ!」
などゝ云つたが、兵野には好く聞きとれぬらしかつた。
「その家だ――有りが度う。」
と兵野も別れを惜むやうに云つた。
「その突きあ
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