送つて呉れゝば好いさ。」
「なあに、家の前まで送るよ。歩けさうもないぢやないか。車は、入るか?」
「入るものか――」
「中野――何町だ?」
「上《かみ》町だよ。」
「番地は――?」
「君が教へないから俺も云はんよ。」
 兵野は、酔つ払ひらしい意地悪るで、そんなに云つた。
「まあ、好いさ――ぢや、名前を聞かせて呉れたまへな。天野……?」
 ……未だ、天野――と思つてゐるのか? と兵野は苦笑した。
「天野か……どうして君は左う思つたんだ?」
「だつて、君の外套に左う誌してあるぢやないか?」
「兵野だよ、兵野一郎といふんだよ。」
「それあ、失敬した。僕は、堀田冬夫といふんだが――」
「どうせ、明日また会ふんだから、お互ひの戸籍調べは後まはしに仕様よ……」
 こんどは兵野の方で、面倒になつてしまつて打ち切つた。
「いや、御免/\――どうせ今、送つて行くところなんだから、表札を見れば解ることなんだ。」
 と堀田はひとりごとのやうに呟いてゐた。「いろいろと話しにくいことは、手紙に書きたいと思つてゐるんでね。」
「僕は今、叔父が居た家にゐるんだよ。さう/\、表札と云へば、僕の表札は出てゐないよ、その
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