の番が通り過ぎた時、堀田は大きな声でそんなことを云つた。変な、ふくみ声だな! と兵野が思つて、見ると、堀田は外套の襟を深くたてゝ口にはマスクをつけてゐた。そして彼は、おそろしい酩酊者らしい声を張りあげて、
「あひはせなんだかよ――たてやまおきでよ――」
と歌つた。
車の通るのも稀になつてゐたので稍暫くたつてから漸く一台のタクシーを呼び止めた。
「中野まで――スピードを出してやつて呉れ。」
と堀田が命じた。
……橋を渡つた。永代橋かな? と兵野は思つたが、当てにはならなかつた。
「して見ると、さつきも相当永く車に乗つてゐたわけだつたんだね。」
「……さうとも。君は、あの時も一と寝入りしたんだぜ。今に、僕の居所もはつきり話すから、今日は、今夜だけは、何も聞かないで置いて呉れ。それにも、少々、事情があるんだからね。――まあ、もう少し飲まう。」
堀田は、ウヰスキーのポケツト壜を懐中からとり出して、兵野にすゝめ、自分も壜の口から飲んだ。
「あれ、上野の停車場ぢやないか、違ふかね。」
「違ふよ/\。――ところで君、君の家はあの居酒屋の直ぐ近くかね?」
「ちよつと離れてゐるが――あの辺まで
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