様だな――不図、兵野は左う思つた。紺地の裾に、般若の面を染め出した長襦袢であつた。
(さうだ――)
 と、酔眼を据えながら兵野は気づいた。いつか盗まれた親父の着物についてゐた襦袢の柄だつた。自分もしば/\あれ[#「あれ」に傍点]を着て歩いたものだつた――と思ひ出した。兵野は、それと似た襦袢を見て、過ぎ去つた頃のことなどを考へ出したり、思はぬ堀田が、自分の好みからか、同じ模様のものを着用してゐるのを見て、他合もない、因果めいた、新しい親しみを彼に覚えたりしてゐた。
「仲々、凝つた柄だね、それは――」
 兵野は、見惚れながら呟いた。
「いや、恐縮だね、なあに平凡なものさ。」
 云ひながら堀田は、重ねの着物をとりあげてゐた。
「僕も、大分前、それと好く似た柄の襦袢を――尤も親ゆづりのものだが、着てゐたことがあつたよ。」
「ほう、――そいつは悦《うれ》しいね、君と僕とは、して見ると趣味の上で、一脈の相通ずるものがあるのかも知れないね。ははは!」
 次に堀田が、さつと身に着けた細い大島絣の着物を見ると、それも兵野が以前同じく父親ゆづりで着慣れてゐたものと、殆んど同一のものと見られた。
 で、兵野
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