るからな……」
「なあに、今夜は大丈夫だよ。これから、中野まで行くうちには醒めてしまふさ。それを、俺は、いつも阿母の間借りをしてゐる傍まで行つて、つい、あの、おでん屋に寄つて酔つ払つてしまふのさ。はつはつは……」
「一体、此処は何処なのさ――中野から、そんなに遠い処かね。」
 兵野は、あの居酒屋の附近かとばかり思つてゐたので、斯う問ひ返すと、堀田は、何となく、あかくなつて、
「まあ、そんなことは気にしなくつても好いさ、そのうちに阿母のところといつしよに此処の番地も覚へて貰ふからね……」
 云ひながら彼は、立ちあがると押入れをあけて和服を取り出し、今迄の洋服との着換へにとりかゝつた。――一間より他にないところなので堀田は兵野の直ぐ眼の先で、ワイシヤツを脱いだりしはじめたから、否応なくその様子が兵野の眼に映るのであつた。
「夜が更けたせいか、こいつは仲々寒いぜ、君、寒くはないか、よかつたら僕の羽織をもう一枚その上に羽おつて行かないか。」
 堀田はワイシヤツを脱いで、胴着を着たり、しゆつ/\と鳴る絹の音をたてゝ長襦袢の袖を通したりしてゐた。
 おや/\、あの襦袢の柄は何処かで見たことのある模
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