つきり云へば、僕は、さつき、あのおでん屋で、はぢめて君と言葉を交した瞬間に、霊感的に、この人こそは、俺のほんとうの友達になれるといふ一種の直感に打たれたんだ――」
堀田の云ふところは、なるほど、聞きように依つては堪らなく低級な歯の浮くやうな言葉ばかりで、これでは熱情的になればなるほど孤独に陥るのは当然のことだ――と兵野も思つたが、左う思へば思ふほど、珍奇な可憐味を覚へるばかりでなく、その、一本気の、素直な態度に次第に感情的に惑わかされて行くものを感じた。
「さうだ――」
と兵野も、グツと洋盃《こつぷ》を傾けながら重々しく唸つた。
「僕は、断じて君を裏切らない、大丈夫だ。」
「何んな類ひの相談を持ちかけても、決して驚ろかない?」
「驚くものか――君が若し、盗棒であつても、僕は君を悪人とは思はんよ。」
兵野が、大袈裟な形容を得意さうに、からからとわらふと、堀田も、
「やあ、そいつあ、好かつたな!」
と、はぢめて朗らかにわらつた。
「ぢや、出かけよう。俺は、斯う見へても仲々の親孝行者でね、と云つても天にも地にも阿母と俺とは、他に身寄りのない、たつた二人なんだが……」
「君は、いかにも親孝行者らしいと僕は思つてゐたところだ。」
「いづれ、阿母に紹介するから、会つて呉れるか。」
「会ふとも、悦んで――」
「俺の阿母は俺に似てやつぱし大変な心細がりやでね、万一俺に病気にでもなられたら何うしようか! なんて、そんな取り越し苦労ばかりしてゐるんだよ、厭になつてしまふ。」
「君は働いてゐるの?」
「勿論、僕の手一つで阿母を養つてゐるんだよ。そのうちにまあ、いろいろと聞いて貰ふが、斯んなところに僕が別居してゐるのは、僕が、帰りが遅かつたり何かすると阿母がとても心配して気の毒でならないので――斯んな風に離れてゐるのさ。何うかすると一ト月も二タ月も阿母に会はないことも、この頃ぢや往々だが、今ぢや、その点は漸く安心するようになつた。何しろ僕が、酒の気を含んで戻ると阿母は心配するし、さうかと云つて、この通りに僕は酒好きになつてしまつて、酒の気がなければ決して眠れないし……で、斯んな処に離れて、この頃は主に用事は手紙で済してゐるんだ。この分なら、阿母の方に変つたことさへない限り、半年や一年、このまゝに過したつて、心配もしまい。」
「ぢや、君、今夜は止めた方が好いだらう、俺達は大分酔つてゐるからな……」
「なあに、今夜は大丈夫だよ。これから、中野まで行くうちには醒めてしまふさ。それを、俺は、いつも阿母の間借りをしてゐる傍まで行つて、つい、あの、おでん屋に寄つて酔つ払つてしまふのさ。はつはつは……」
「一体、此処は何処なのさ――中野から、そんなに遠い処かね。」
兵野は、あの居酒屋の附近かとばかり思つてゐたので、斯う問ひ返すと、堀田は、何となく、あかくなつて、
「まあ、そんなことは気にしなくつても好いさ、そのうちに阿母のところといつしよに此処の番地も覚へて貰ふからね……」
云ひながら彼は、立ちあがると押入れをあけて和服を取り出し、今迄の洋服との着換へにとりかゝつた。――一間より他にないところなので堀田は兵野の直ぐ眼の先で、ワイシヤツを脱いだりしはじめたから、否応なくその様子が兵野の眼に映るのであつた。
「夜が更けたせいか、こいつは仲々寒いぜ、君、寒くはないか、よかつたら僕の羽織をもう一枚その上に羽おつて行かないか。」
堀田はワイシヤツを脱いで、胴着を着たり、しゆつ/\と鳴る絹の音をたてゝ長襦袢の袖を通したりしてゐた。
おや/\、あの襦袢の柄は何処かで見たことのある模様だな――不図、兵野は左う思つた。紺地の裾に、般若の面を染め出した長襦袢であつた。
(さうだ――)
と、酔眼を据えながら兵野は気づいた。いつか盗まれた親父の着物についてゐた襦袢の柄だつた。自分もしば/\あれ[#「あれ」に傍点]を着て歩いたものだつた――と思ひ出した。兵野は、それと似た襦袢を見て、過ぎ去つた頃のことなどを考へ出したり、思はぬ堀田が、自分の好みからか、同じ模様のものを着用してゐるのを見て、他合もない、因果めいた、新しい親しみを彼に覚えたりしてゐた。
「仲々、凝つた柄だね、それは――」
兵野は、見惚れながら呟いた。
「いや、恐縮だね、なあに平凡なものさ。」
云ひながら堀田は、重ねの着物をとりあげてゐた。
「僕も、大分前、それと好く似た柄の襦袢を――尤も親ゆづりのものだが、着てゐたことがあつたよ。」
「ほう、――そいつは悦《うれ》しいね、君と僕とは、して見ると趣味の上で、一脈の相通ずるものがあるのかも知れないね。ははは!」
次に堀田が、さつと身に着けた細い大島絣の着物を見ると、それも兵野が以前同じく父親ゆづりで着慣れてゐたものと、殆んど同一のものと見られた。
で、兵野
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