んも何処かで演じてゐるのかも知れないね。」
「えツ、何が? どうして!」と私は、何だか訳がわからぬ気がして問ひ返したが、彼女は、私の言葉は耳にも入らぬやうに、変らぬおだやかな調子で呟いてゐた。
「あゝいふ種類の熱情家が、財産を失ふといふことは悲惨ね。」
「あゝ、俺はあいつに遇ひたい!」と私も私で独り言のやうな嘆息を洩した。
「兄さんは、顔は、妾の知らないお母さんにそつくりなさうだけれど、心はお父さんそつくりなのよ。」
「さうかしら……」と私は、わけもなく声を震はせて叫んだ。
「そして妾はね、兄さんとは反対で顔はお父さん似――」と云つた冬子の声が、私の耳に奇妙な新しさを持つて響いた。彼女の言葉は、私の心持を洞察しきつてゐるかのやうに響いて、私に、安んじて依頼せしめるやうな朗らかさを感じさせた。「お父さんの顔を思ひ出したかつたら、好く私の顔を見ると好いんだ……」
「…………」
何かに打たれたやうにぴりツとした私の眼の先に、
「ほうら!」
さう云ひながら、戯れるやうに眼を視張つて彼女が顔を突き出した。凝つと私はその眼を視詰めて、
「さうだ! 俺は今迄気がつかなかつた。」と云ひ放つた。……
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