せて、
「あれあれ! 解るよ、御覧な、もうあんなに小さくなつた。」と私に告げた。
 凧は、ほんとうのボーフラのやうに小さくなつて静かに浮いてゐた。凧のことはそれほどでもなかつたが私は、祖母や母の涙に気がつき、そして小さな凧を仰いでゐると、だん/\に涙がうすら甘く込みあげて来るのに気づいた。睫毛がぬれて凧の姿が眺めにくゝなつて私は、まだ切《しき》りに上ばかりを仰いでゐる母の蔭にかくれて、そつと首垂れた。凹地の広い芝生は、もう祭りの翌日のやうにひつそり閑として、竹の皮や紙屑と一処に鮮やかな陽炎がゆら/\としてゐた。
「あれツきりなんだ、だから如何しても思ひ出せないんだ、小さ過ぎる……」
「小さいのを拵えるんだと云つてゐたぢやありませんか、あなたは?」と妻が云つた。
「凧のことぢやないんだよ。他の……」と私は、言葉を濁したが、あくまでもはつきりと浮遊してゐる小さい凧の印象以外のことでは、何の紛す言葉も知らなかつた。凧を話材にされると私の気分は滅入り込むばかりであつたにもかゝはらず――。
 解つてゐる部分だけを眼近く取りあげて幾度となく私は、夢を払つて細工に取りかゝらうと振ひ立つたが、いつの間
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