かゝつたら如何なの、凧の? 頭だけは後まはしにして置いても好いぢやないか、そのうちに私が昔の知つた人を訊ねて見ようぢやないか。」
「そんなに珍らしい凧なら、好い加減でも関はないから早く拵えて見せて下さいよ、あしも好きよ、凧あげは。」
 妻も無造作に調子づいて傍からせきたてるのであつたが、寧ろ私はそれらの呑気さ加減が悲しい程羨ましかつた。
「いゝや、俺はもうそんなことを考へてゐるんぢやないよ。別段気分が悪いといふわけでもないんだ……他のことを……」と私は、故意に打ち消さうとしたが、声の調子はひとりでに可細く芝居沁みて消え込み、にわかに胸が一杯になる切なさに襲はれた。
「おや/\、もう泣き出すのかね。何といふ意久地のない男なんだらう、あの面を見ろ、泣くんならせめて顔を覆へよ。涙なんて見せられては此方は、笑ひたくなる位ひのものだ。」
「馬鹿野郎!」と私は、口惜し紛れに叫んで、ポンチ絵の虎が笑つた顔と仮りに定めた凧を睨みあげた。「泣いてゐるんぢやないや、これが俺のあたり前の顔なんだい。」
「頃合ひの風が吹いて来た、馬鹿にからかつてゐないで、もう少しのし[#「のし」に傍点]てやらう。釣りの懸け具
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