。」
「さうだ。――俺は、実物の虫であるお前は蛇の次に嫌ひなんだが、紙製のお前にはこのやうに親しめるんだ。だがどうしても頭部の竹の組立と眼口の配置と釣りの懸け具合が思ひ出せないんだ、見えない、此処からは!」
「しつかりして、思ひ出してくれ、来年の春遊ばうぜ――面白いぞう!」
「俺はもうそんな呑気な余裕はない、一日も早くお前を拵えたいばかりで俺は、斯んなに窶れてぼんやりしてゐるんだよ。」と私は、掻きくどきながら、遥かの空を羨望した。
また彼は、沁々と私の愚鈍さを軽蔑して執拗な嘲笑を浴せるのであつた。「お前などはどんなに首をひねつたつて俺は、これよりお前に近づきはしないよ。手のとゞきもしない望みなんぞを起さずに、センチメンタルの涙でも滾しながら口でもあいて眺めてゐるが好いんだ、追憶だけは許してやるから!」
「お母さん、あなたが余外なことを教へて呉れたので私は、あいつに軽蔑されまいといふ反抗心を持つたり、疑つたり……つまらない感情の浪費を強いられます。私は、あいつに舌があつたことはあの時まで忘れてゐたのです、幸ひだつたんだ。一つ余外な思案が増した、あの舌は如何いふ風につけるのか? 何といふ
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