方は?」
 私はドキリとした。「さうだ、それも解らない。」とうなつたが、わけもなく向ツ腹が立つて来て「そんなことは後で考へればどうにかなる、大事な頭のことや眼口の配置が解らないうちに、さう傍から先のことを口出しされては一層此方の頭が混乱してしまふばかりだ。もう、好いです、一人で順々にゆつくりと考へれば屹度思ひつく……」と迷惑さうに口を尖らせて横を向いた。
 私は、この章の冒頭に設計書の写しだけをその儘書き誌すつもりだつたが、今もつて如何程思案しても頭部の構造と眼口の配置が出来ない、代りに思ひ出の凧に就いてのみあの様に散漫に書き誌すより他はなくなつてゐるのだ。だから私は、あの熱病から稍醒めて斯様な筆を持つ余裕位ひは生じてゐる現在でも、私の思ひの大半は、洞ろのまゝに執念深く、彼処にのみ走つてゐるのだ。今も私は空殻のやうになつて呆然とあの愚かな夢を追ひながら、せめてもあの間の始末書を書かうと思ひ立つたのである。さうでもして救はれることを祈らないと私は、更に更にあの続きを演じ兼ねない状態である。あの間、といふのは、私が、永い前から没頭し続けてゐる或る自伝風の創作を続けることゝ、不健康な飲酒生活を改革する目的で佳き暑中休暇をする学生の心にかへつて、海辺の郷里に帰省してゐた、つひ此間の夏の話である。

     二

 日が経つに伴れて私は、可怪しな憂鬱病患者になつてしまつた。日頃は市井的の小感情のみに動かされて夢に似たものさへもあまり抱いたことのない私が、たゞ変にぐつたりとしてしまつた。私は、単に煙草を喫すばかりの人形になつてゐた。眼に映る凡ての実在の物の輪廓が滲み、感情が消え、性格が滅び、五慾を失ひ、その癖奇妙に心が慌しく、ゼンマイ仕掛けの如くに疲労を知らずに――と、左様な形容を与へても何らの誇張も覚えない私は、可笑しな憂鬱病患者になつてしまつた。意味は浅く、理由は簡明なのだ。私は、どうしても完成出来さうもない百足凧が思ひ切れないのだ。日夜々々、私の脳裏を間断なく去来するものは、あの美しく奇怪な凧が天空を悠々と游《およ》ぎ廻つてゐる姿のみだつた。そして彼は、私に限りない憧憬を強ひ、空々しい同情を与へた。「来年の春まで考へて御覧よ、何《な》あにちつとも六ヶ敷いものぢやないさ、アメリカ製のビツクリ箱から飛び出す怪物に似た顔で好いんだよ、でなかつたらポンチ絵の虎が笑つたやうな顔だ
前へ 次へ
全22ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング