。」
「さうだ。――俺は、実物の虫であるお前は蛇の次に嫌ひなんだが、紙製のお前にはこのやうに親しめるんだ。だがどうしても頭部の竹の組立と眼口の配置と釣りの懸け具合が思ひ出せないんだ、見えない、此処からは!」
「しつかりして、思ひ出してくれ、来年の春遊ばうぜ――面白いぞう!」
「俺はもうそんな呑気な余裕はない、一日も早くお前を拵えたいばかりで俺は、斯んなに窶れてぼんやりしてゐるんだよ。」と私は、掻きくどきながら、遥かの空を羨望した。
また彼は、沁々と私の愚鈍さを軽蔑して執拗な嘲笑を浴せるのであつた。「お前などはどんなに首をひねつたつて俺は、これよりお前に近づきはしないよ。手のとゞきもしない望みなんぞを起さずに、センチメンタルの涙でも滾しながら口でもあいて眺めてゐるが好いんだ、追憶だけは許してやるから!」
「お母さん、あなたが余外なことを教へて呉れたので私は、あいつに軽蔑されまいといふ反抗心を持つたり、疑つたり……つまらない感情の浪費を強いられます。私は、あいつに舌があつたことはあの時まで忘れてゐたのです、幸ひだつたんだ。一つ余外な思案が増した、あの舌は如何いふ風につけるのか? 何といふ憎態な舌だらう、ぺら/\と風に翻つてゐやがる。――おい/\、然し俺だつて拵へる段には、小さいながらもせめて青野の凧に似るほどの安全なものにする、無論舌だつて取りつけるんだ、だからもう少し低くなつて顔つきの構造を見せてくれ、眼玉と鬚と口の格構と舌の動き具合と、……」
「不器用なくせに!」
「いゝや、これ程俺は一生懸命なんだ、ほんの一寸とで好いから眼近く現れて呉れ、命を縮めても見とゞけずには居ない。」
「馬鹿の一念か! 俺はかくれもしない。この通り悠々とお前の眼の上で泳いでゐるぢやないか。」
「だ、だ、だからよう。」
「出来上つたらお目にかゝらう。話はいづれその時にしようよ。」
「ツンボ! 空とぼけるないツ!」
「フン、泣き出しさうな顔をしてやあがる、此方からは好く見えらあ!」
「意地悪るの鬼!」
「お前は体の具合でも悪いんぢやないの、何だかこの四五日急に元気がなくなつたやうだ。凧の話は如何したの、もうあきらめたと見えるね、お前は子供の時から物に飽き性だつた。」
「この頃お酒だつてそんなに飲まないのに! 好いあんばいにゲー/\が治つたと思つたら、――お酒がもうそれ程身にしみたのかしら、好く
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