合艦隊の所屬であつたかと想像する由もなかつたが、それ以來杳として銀笛の音は聞えなかつた。
 艦隊は何處の國の港で春を迎へ何處の大洋の沖合で春をおくり――と市民達の噂も長く、やがて軍港の山々は緑に映え、卯の花の蕾がほころびて散り、海も山もえる[#「山もえる」はママ]炎夏を迎えた。季節をたとへて金樽緑酒とも云へるものならば、おそらく街々の角なみに「艦隊入港」の歡迎旗を飜す眞夏の微風に、天地も陶然として凱歌を擧げるひとときに止めを刺すと申すべきであらう。――軍樂隊の響きが遠方の空から卷き寄せると、街は一勢に鬨の聲を擧げて花やかな津浪と化した。街が、そのまゝ天地を象つて、巨大なる一體の美人であつた。緑の山々は、髻に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]む玉鴛鴦と云ふべく、碧洋に浮ぶ滿艦飾の鏤《ちりば》みは、裙に綴る金※[#「虫+夾」、第3水準1−91−54]蝶と見紛ふて理の當然であつたらう。
 わたしは、ふところ一杯に五色のテープを充滿して高樓の屋上から、聲を限りに呼びながら双つの腕を筬のやうになげうつた。
 わたしの窓の露路までもが、夜更まで賑つてゐた。わた
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