探した。
『風流線』それは、その時、その色彩りの挿画は、どんなに余の胸を怪しく震はせたことだつたか! 秘められた箱の中の、最初の不思議な書物だつた。泉鏡花といふ名前を初めて知つた由来である。鏡花の初期の作は、後になつて大方その箱の中から取り出して読んだ。寡読家の余が『たけくらべ』を読んだのも、『不言不語』を読んだのも、この文庫のたまものである。『金色夜叉』は、探したが見つからなかつた。
なんだか、文庫の錠前の工合が悪くなつたやうだ――旅から帰つて来た母が、かう誰かに零してゐるのを耳にして、余は、秘かに慄然としたことを憶えてゐる。続いて送られてゐた『ニューヨーク・ヘラルド』の日曜絵附録に、桜の木のジョージ・ワシントンが現れた時、余は、母に秘かに赤面したが、なんとしても白状出来なかつた。――だが余は、桜の木のジョージには少しも感心してゐなかつた。あんなことなら誰にだつて白状出来る――そんな不平を感じた。
二つの文庫については、余の東京遊学中、帰郷したある時、もう大胆に(なぜなら余は既に堂々たる文科大学生だつたから)、母に訊ねたところが、彼女は、ただ寂しげな微笑を浮べただけで、余の異様に
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