が見慣れた婦人達の流行といふものは、専らアメリカ流のスポーツの影響ばかりで、恰で近頃ぢや男女の区別も無きかの如き有様だ、古風な振袖に包まれ、しやなり/\と恥らひを含んだ婦人達の最も慎しやかな姿のうちに夢を抱いてこそ真に得難い甘美な悩ましさを得られるのではなからうか――などゝ至極怪し気な衣裳論を持ち出したりした。
「さう云へば蔵の二階に、とても立派な生人形があるのを誰か知つてゐるか?」
俺は遇然に見たのであるが、その瞬間《しゆんかん》、思はず幽霊ぢやないか! と思つて、仰天の叫び声を挙げた程だつたが、あれは実際生きた人間そのまゝの風情だ――婦人連の面あてに、あの人形を持出して夜会の席に据えようぢやないか――などゝ云ひ出した者があつた。
雪江は、不図視線を避けて庭の方を眺めてゐた。亡くなつた姉を思ひ出した。母が悲嘆のあまり、京から人形師を招いて造らせた姉の面影である。母は、姉の着物を一切人形のために整へて、春には春の衣裳をといふ風に季節/\に従つてねんごろに取り換へたり、髪のかたちを結ひ直したり、音楽を聞かせたりして恰も生ける娘にとりなしたと同じやうに慈しみながら余生を送つた。――それつきり誰も手も附けずに箱の中にたゝずむでゐる筈だが、一体今頃は何んな着物を着てゐるだらうか――不図そんなことが気にかゝつた。
皆なは、そんな途方もない思ひ付きに烏頂天になつて――俺は、やつぱり裃の殿様に扮りたいね――とか、そんなら俺は鎧甲の軍人《いくさにん》が好い――ぢや俺は前髪姿の愛々《うひ/\》しいお小姓になるぞ、お白粉を真ツ白に塗つたら見直せるだらう――とか、さう大名ばつかりが多くては芝居にはならないから、誰か、せめて敵役を買つて出ろよ、蛇の目の傘を構へた定九郎がダンスを演るなんて仲々持つて粋だらうぜ――などゝ、とりとめもなくざわめいてゐた。
二
雪江は、ひとりそつと抜け出して蔵の二階に来て見た。窓側に在る人形の箱の前に来て丁度唐紙程の大きさのけんどん[#「けんどん」に傍点]になつてゐる蓋をとつて見ると、人形は三枚重ねの冬の衣裳だつたが、金泥に唐獅子が舞つてゐる丸帯が解けて脚元にからまつてゐた。そして、お納戸地に緋の源氏車をあしらつた裾模様の振袖を、着換への途中でゝもあるかのやうにふわりと肩に羽織りかけて、艶やかな夜桜ときらびやかな般若の舞姿を背から胸へ、それか
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