ちつとも目を醒さないのよ――でもね、隆ちやん見たいに寝像の悪い人とは違つて……」
「何だい、また俺か――面白くもない。」
「……ちやんと行儀好く、上向《あおむ》けになつて、すや/\と眠つてゐるんだけれど、妾、その顔を暫く見てゐたら何となく気の毒になつてしまつて、そうツと出て来ちやつたけれど、――皆なの余り真ツ黒な顔ばかり見つけてゐるせいかしら、酷く、滝尾さんの顔色が蒼く見へたわ、それに、とても頬なんてこけたぢやないの!」
「徹夜の祟りなんだらう――勉強も好い加減にすると好いんだがな!」
 池部は不安さうに呟いた。滝尾は池部と同じ年に文科を出た池部の一番親しい友達だつた。神経衰弱の療養のために春頃から池部の家に滞在してゐたが、池部の土蔵に封建時代の様々な記録が残つてゐるといふことを聞くと彼は雀踊《こをど》りして、以来それらの書類の渉漁に寧日ない有様だつた。
「一体、ものに熱中しはじめるとあいつと来たら途方もない耽溺家になつてしまつて自分ながら自分を何う制御して好いか解らなくなつてしまふといふモノマニアなんで……」
「その熱情の百分ノ一でもが俺なんてに恵まれてゐたら宜《よ》かつたらうがな。池部さん、僕は、これは秘密なんだけれど、今年もまた落第しちやつたんですよ。」
「馬鹿ね。」
 と雪江が笑つた。「秘密を、そんな大きな声で喋舌つても好いの?」
「あツハツハ……えゝ、もう破れかぶれだ――天気になれ、天気になれ、雪江さんの脚は綺麗だな! あの曲線が、ずうツと、斯う、胴仲に続いてゐて――あゝ[#「あゝ」に傍点]なつて、斯うなつてゐると……」
「三谷の馬鹿!」
 雪江は、靴下も穿いてゐなかつた脚をスカートの中に秘《かく》さうとしたりしながら、
「あんたそんなことばつかし考へてゐるから落第なんてしてしまふのよ。海へ行つてゐても、あんたの眼つきと来たら、とても浅間しいわよ、百合さんや、照ちやん達も――三谷が一番嫌ひだつて云つてゐたわよ。」
 などゝ毛嫌ひらしい言葉を浴せながらも別段不快といふわけでもなく、椅子の上に膝を立て、両腕で抱いてゐた。
「何うせさうでせうよ――だ。」
 三谷はわざとふざけるやうに太々しく唸つたりしてゐた。「僕なんざ、たゞ正直なだけなのさ。誰だつて、女の姿を眺めて、さう云ふ空想に走らない人間なんて、無いだらう――滝尾さんだつて、おそらくは――だ。」
「まあ、失
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