ら、そろり/\と宴席の中央に繰り込んで来るのであつた。――お納戸色に緋の源氏車をあしらつたあれらのそろひの衣裳は――。
「おゝ、あれは、あの人形の衣裳とそろひぢやないか!」
左う気づくと滝尾は、わけもなく愕然として思はず手にしてゐる盃を取り落しさうになつた。
「雪江さんだ――あれが!」
三谷が、思はず頓興な声で叫んだ。「あれが、さつきまでのあのモダン・ガールとは俺には何うしても思へない!」
「叱ツ!」
と誰やらが、非難の合図をしたが、陶然としてしまつた加茂が関はず声を挙げて、
「何うしても俺には物語の中から抜け出て来た人物とより他には思へない――人形と云はうか、夢と云はうか――踊り子達の背《うし》ろからは甘美の後光が……」
「おい、加茂、そんな戯談を云ふのは止せよ――俺は、斯んな踊りなんてさつぱり面白くもないんだ。」
池部は切りと、てれ臭い困惑の苦笑を浮べて――早く皆なが酔つてしまへば好いが……と呟いでゐた。葡萄酒でも酔ふ三谷や加茂は、もう泥酔に近づいてゐたが、異様な雰囲気のために酔が胸のうちだけで渦巻いてゐるのであつた。
そして、滝尾も同じ状態であつた。
舞踊隊は客の中央に一列に並ぶと、今度は音楽が稍急調子に変つて、合図が入ると、腰から金色の扇を抜き出し、一勢に開くと、はらはらと天を煽ぎ、翻つて地に風を巻き起し、ちらちらちら――次第に急調子となる音楽に伴れて、虹が嵐に狂ふ有様で、客達は息も衝かずに眺めるだけであつた。稍暫くいろ/\な踊りが続いてゐるうちに、にわかに廊下のあたりから鬼やひよつとこや天狗の面の男が現れて、わあア! と叫んで踊り子を追ひ回す場面となる。鬼共はそれぞれ呪文めいた科白をうなりながら踊子に飛びかゝつて、その裾をまくらうとしたり、腕を引つ張つたりして、まことに落花狼藉の有様が展開されるのであるが、客達はこれを凝つと堪へて見物してゐるのが礼儀なのであるとの事だつた。つまりこれも踊りの一節なのであるさうだつたが、実に乱暴極まるしぐさで、鬼の手にかゝつてみやびやかな舞姫の白い股が現れたりするに至つては、しきたりのことも何も知らない海辺の連中にとつては、たゞもうハラハラとして片唾《かたづ》を呑むばかりであつた。鬼共に追はれて、やがて娘達の帯は解かれ、着物も剥がれて長襦袢一つになる騒ぎになると、ワツと感極つた声を挙げて悶絶した大名があつた。三谷
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