んだい、稀に朝起きをしたと思へば! 居眠りでもしてゐるんぢやないのか?」
「あゝ煩いなア!」純吉は、さう呟くとさもさも迷惑さうに顔を顰めた。「もう浜から帰つて来たのか? チヨツ!」
「未だ寒くつて海へは入れなかつたよ。加藤と木村がこれからスケートへ行かうツてさ。」
「厭だ/\。」と純吉は首を振つた。(スケートといふのはローラー・スケートのことである。それが流行した頃だつた。)
「厭もないもんだ。昨夜はどうだい、あんなに面白がりやがつた癖に……」
 そこに加藤も出て来て「昨夜は純公の評判が一等素晴しかつたなア。お百合さんは貴様に確かに秋波を送つたぜ、なア宮部?」
「昼間になると変に気分家面なんてしてゐる癖に、塚田へ行くとイヽ気なものだ。」
 塚田の画室をスケート場にしてゐたのだ。百合子は塚田の従妹である。
「ほんたうか?」純吉は、からかはれたことを打忘れて仰山に湯槽から飛びあがつた。
「だが駄目だよ、これからは海が始まるんだからな、泳ぎなら俺様が大将だからね。」と加藤はふざけて胸を張り出した。「百合子さんは泳ぎの出来ない奴は嫌ひだつて云つたぜ、どうだい参つたらう、だが、それにしても彼の君
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