お爺さん/\、熱くつて仕様がねえよ、水を出して呉れ、水を出してお呉れよう――」
湯殿では、そんな騒がしい声がしてゐた。間もなくガタン、ガタンと退屈気にタンクをあをる音が、のどかな朝の色に溶け込むやうに響いた。
[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]
家に居る間は誰もが無遠慮に百合子を称揚したが、此処に来ると皆な堅くなつてゐた。男同志時々眼と眼とを見合せて、一寸微笑むだけで、各々取り済した円陣をつくつて「メリーゴーラウンド」を保つた。スケートの車の音が緩なリズムとなつて、大波のやうに部屋中に充ち溢れた。回転しながら落着いた態度で、ポケツトから手布《はんけち》を出して汗を拭く者もあれば、威勢よく上着を脱いで傍らの椅子に投げ棄てる者もあつた。百合子は薄いスカートをひら/\と翻しながら、「ゴー・ラウンド」の一隊に加つてゐた。――純吉は片隅の椅子に凭れて、燦然たる光景を羨し気に眺めてゐた。……あんなに美しい百合子は、一体どんな男と恋をするだらう! 彼はそんなことを考へて、体の竦む想ひをした。そして、一同がこれ程烏頂天になつて快活に跳ね廻つてゐる時に、そんなに卑しく因循な空想に耽つてゐる自
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