失恋(?)をおもつた。
彼は、深い溜息をした。――照子が、突然コロリと死んでしまへばいゝ、と思つた。
外は酷い暴風雨だつた。激しい雨がしきりに彼の窓を打つてゐた。そのうちに彼の心は、荒れ狂ふ風雨の響きのなかに溶けて行つた。「落第がなんだ。」と彼は呟いた。――「厚顔無恥の照子だ、馬鹿!」と独り言つた。
その時、明るく静かだつた電灯が突然と消えた。と同時に彼の胸を、何やらハツ[#「ハツ」に傍点]と冷い翼のやうなものがかすめた。「好いあんばいだ。」と彼は思つた。「灯りが消えては、当然勉強は出来ないんだ。」「本をまる覚えしたことで、彼奴の最も讚美する秀才になり得るものならば、勉強が止むを得ず出来なかつたといふ原因で落第しても……」そこまで考へて彼は馬鹿気た笑ひを洩した。――そして彼は、たゞ専念に、安心して照子の幻を描いた。
彼は暗闇の中に凝として、笑ひと悲しみの分岐点にたゞずんでゐる自分を視詰めた。――恋情といふものは極めて滑稽なる感情なり……そんな気で、そんな心をさぐりながら、彼は木像のやうに動かず、背骨を延ばして端座した。
「電灯が消えて、試験だつてのに困るわね。」といふ声がしたかと思ふと、パツと部屋が明るくなつた。ランプを持つて来た照子は、彼の眼に涙が溜つてゐるのを不思議さうに見おろした。
「勉強は出来て? あまり凝らないで少し休んだらどう?」
「煩いなア!」
彼はさう云つて、明るくなるのを待ち構へてゐたやうに、照子の方は見向きもせずに直ぐと本の上に視線を落した。
「しつかりやつてね、御褒美を上げるわよ。」
照子はランプを彼の机の隅に置いて、ちよつと指先でシンの具合を直した。
(どんな褒美なんだい?)彼は、にやりとしてさう問ひ返すところだつたが、問ひ返さるゝ程の真実味をもつて照子が云つたのではなかつたのだ、と気附いたから、やはり憤《む》ツとした態度を保つてゐた。照子は、足音を気兼ねしながら梯子段を降りて行つた。
彼は、凝とランプの灯を視詰めた。シンのあたりが秋の虫のやうにジーツといふ音をたてゝゐた。それが気になつたので、彼はネジをつまんでシンを引ツ込めたり出したりした。何遍も繰り返した。間もなく音は止んだが、所在のない彼は指先をネジから離さなかつた。部屋は、明るくなつたり、暗くなつたりした。
明るくなつた瞬間には、試験と失恋の怖ろしさを想つた。暗くなつ
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