掻いてゐた。
「早く木村程上達して、お百合さんの手を握ることを俺は切望してゐるんだぞ。」加藤は天井に眼を向けてそんなことをうなつた。
「俺も顔を剃らうや。」と木村も云つた。
「俺、今日こそ思ひ切つてお百合さんの傍に滑り込むよ、突き当つて、御免なさい、といんぎんに詫びるんだ、斯ういふ具合に。」
 加藤は立ちあがつて、おどけた構えをした。
「おツと危いツ、で、斯う俺が抱き止めてしまふんだよ、斯ういふ風にさ――百合子の君を、どうだ、これには木村も敵ふまい。」
「うむ。」と木村は生真面目に点頭いてゐた。そして微かに赤くなつた。
「あゝ、あの髪の毛に一寸でも好いから触つて見たいな、ブルブルツ!」と宮部は仰山な身震ひをした。
「抱き止める拍子に転んでしまつたら、どうだらう。」加藤は調子づいて叫んだ。「何しろ脚には車が付いてゐるんだからな。……危い/\で、しつかりとつかまるぜ。」
「一寸今此処で、その要領を練習して見ようかね、加藤は家だと熱を吹いてゐるが、いざとなれば、口も利けないんだからなア、加藤がやらなければ僕がやるよ/\。」宮部も軽く亢奮した。
「何しろ面白い遊戯が訪れて来たものだ。」
 加藤は、妙に浮んでそんなことを呟きながらどつかりと胡坐を掻いて、庭に眼を反らせた。――黙つて聞き流してゐる風を装うてゐたが純吉の心も、異様に明るく躍動してゐた。
「塚田も此頃は画はそつちのけだね、彼奴もいくらか百合子に怪しいんぢやないのか。」
「まさか、従兄姉同志ぢやないか。」
「従兄姉といふのは、油断がならないぜ。」
「さうかね。」
「さうとも/\。彼奴が怪しいとなると困つたね、強敵だね、何しろ同じ家に起伏してゐるんだからな。」
「止せ/\、不幸な空想に走ることは徒らに己れを傷けることだ。」
 木村と加藤は、冗談とも真面目ともなく、そんな話を取り交してゐた。
 皆な、丹念に顔を剃つた。宮部はタルクパウダーを思ひきり沢山手の平にあけて、ごしごしと磨り込んだ。加藤は、鏡の前で、様々に顔を歪めたり延したりして、独りで悦に入つてゐた。木村が、トランプをやらないかと純吉を誘つたが、彼は、厭だといつた。
「岡村は、ほんとに行かない気か?」
 夕飯の時宮部が、そんな風に訊ねた。
「勉強だ/\。」と純吉は、わざと笑ひながら云つた。

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 塚田の画室の窓が、それは海
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