辺の一軒立だつたから、遠くからでも、灯《あかり》が点くと松林の間から眺められた。山の夕陽《ゆふやけ》は、すつかり消えて、松にはさまれた海浜の一筋道が白ツぽく横たはつてゐた。彼等は、各々スケートの包みを小脇に抱へて、勇みたつて、白い道を踏んで行つた。
「俺もひとつ今日こそは、大いに滑走するぞ、笑ふなよ。」
 さう云つたのは純吉だつた。彼の胸には無性に花やかな渦《うづまき》が、わけもなく賑やかに波立つてゐた。――(決心したのだ、決してもう愚図/\しないんだ、俺だつて/\。)
「誰が笑ふものか。」先を急いでゐるためか普段なら何とか冷かさずには居られない宮部は、きつぱりと答へた。純吉には、その答へが莫迦に嬉しく、親し味深く響いた。
「加藤は厭に黙つてゐるね。」純吉は、一寸調子づいてそんなことを云つた。
「俺は、未だお百合さんの脚の格構を考へてゐるんだよ。さう思つてゐるだけで、何となく胸が涼しくなるんだ。――お百合さんの滑走の姿を空想してゐるんだ、二つの脚が快活に左右に滑り出て、或は高く、或は……」
「そんなことは止して呉れよ、俺は何だか妙に悲しくなつて来る。」さう横から口を出したのは木村だつた。
「今日は何時もより少し遅かつたね。」
「急がうよ、急がうよ。」
 そんなことを云ひ合ひながら足を早めてゐるうちに、間もなく塚田の赤い窓が眼近くなつて来た。彼等は、さうなると妙に黙つてしまつて、足音だけが厭に勢急にバサバサと砂地を整つて踏んでゐた。
「おいツ!」
 先頭に立つてゐた加藤が突然、声を殺して力を込めて囁いた。「聞えるぜ/\、俺達の行き方が遅いもので、お百合さんはひとりで、ひとりだ/\! ひとりで始めたんだ。あゝ、好い音だなア。」
 加藤の言葉と同時に彼等は、一勢に踏み止まつた。そして耳をそばだてた。微かに、転々《ごろ/\》と板の間に鳴る車の音が、微妙な旋律となつて純吉の耳にも伝つた。
「沁々と聞かうぜ、斯んな機会は何時あるか解らないからね。」木村もさう云つて、凝と腕を組んだ。
「おツと危いツ! 今一寸片方の脚が乱れたぞ、しつかり/\。」
「宮部、真面目になれ。」と加藤は無気になつて呟いた。たしかに今踏み脱したやうな音、純吉も聞いて、何となくゾツとしたところだつた。――その後は、また絶間なくスルスルと鮮かな音が続いてゐた。
「人魚が砂の上を匐ふやうな音だね。」とまた宮部は半
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