。覚えてゐることは、十二時過ぎに眼を醒したことと、湯に行つたことゝ、喧ましい! と叫んで子供を叱つたことゝ、そして毎日決つて彼がさう叫ぶと、彼の細君が、喧ましいもないもんだ、そんな偉さうなことを云ふ位ゐなら、もつと大きな家を借りたら好さゝうなものなのに、とセヽラ笑つて彼の機嫌を損じることゝ、ムッとして夕餉の膳に向ふ、までのことである。酔つての上の行動は悉く忘れたといふのは、通俗的には詭弁とされてゐるが、彼のも多少のそれはあつたかも知れないが、大体は晩酌などゝいふ柄ではなく、云はゞ落第書生のヤケ飲みのかたちで、生で幼稚で、無茶苦茶だつたから、仕方がないのだ。
(……若しもタキノが……)
 彼は、また思はず同じことを呟いで、思はず苦笑を洩したのである。――では彼は、十二時過ぎに起床して、夕餉の膳に坐るまでの間に如何なることを考へるかと云へば、この第一節に記述した何行かで片附く痴語に過ぎないし、それも根底のあることではないから一時間もすれば忘れてゐる。――今度小説を書く場合にはC町としよう、などゝ呟きもしたが、何の事件もないし、生活は斯の通り簡単で結局夥しく規律的であるから、全く彼が己れの日
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