の男もあつた。――嫌ひだなどゝ、自慢さうに云つたが、たつたそれつぱかしの怪し気な観察なのか! ――そして近いうちにまた移転する先きを漠然と心に描いた。彼が移転すると、その移転先きを詳しく母に話すのが今迄の習慣だつたが、今度はそれを彼女に何も相談しなかつたし、ハガキで通知(それは今度が始めてだつたが。)した時も、東京府下何々郡何々村大字何々×××番地と誌すのが面倒なばかりでなく、細君に代筆させたのである。同じ差出し人である彼が、若し一日に百度手紙を出す場合があつたとしても、その受信人である彼の母は、彼の現住所がそこの役場の人民録に誌されてゐる通りの住所番地をいちいち明記しないと、その次に彼が帰郷した時、封を切らずに彼に返済するのであつた。だから彼は封書は滅多に出したことはなかつたが、ハガキでもさういふ省略をすると、それを封筒に入れて返送して寄すのである、返送されたつてハガキなら当の目的は達してゐるに違ひないだらうし、稀に彼は彼女を厭がらせる為にワザと住所を忘れて Your's obedient son などゝ書き送ることなどあつた。だから今では返送もして寄越さなかつた。――それでも彼は、
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