来て、落つきを感じた。来る時は、郊外はもつと広々としてゐるかなどゝも思つたのだが、蜜蜂の巣のやうな家がいくつもならんでゐる、その一つがこの家で何の気易さもなかつた。こんな家に入る位ゐなら、何もこんな処に来ることもなかつた、と彼女は思つた。夫の故郷の母が、自家の女中を寄して呉れたのだが、たつた三間しかない家で、女中は笑つて帰るより他はなかつた。彼女は、軽蔑をうけた。定めし夫が、いつもの通り家賃とか敷金とかをごまかす為に、故郷の母にあられもない法螺を吹いたに決つてゐる、いつまで不良学生のつもりでゐるんだらう、実家の危期も忘れて――彼女は、斯う思ふと怖ろしくなつた。尚厭なことは、自分まで同類と思はれることだ、何一つ買物をするでもなく、何処に一処に出歩くでもなく、女中のやうに働き、……などゝ続けた時彼女は、思はず、
「あの馬鹿の……」と夫を称んで、反つて情けなくなつた。……「何といふケチな男だらう……」
静かな夜だつた。彼女は、四つになつた子供の寝顔を眺めると、涙ぐましくなつた。子供は、父に似ず強健な体格で(これを思ふ時だけ彼女は光りを感じた。)――フイゴのやうに順調な寝息をたてゝ眠つてゐた
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