羨しかつた。今彼が、享けついだ一つと云へば、こんなことが一つ残つてゐる。
彼の父は、たつた一辺何の迷ひであつたか、村会だつたか、県会だつたかの議員候補にたつて(それは、おそらく普段の言説とうらはらの業である)夢中になり、多くの運動員を集めた、その夢中さ加減が余り夥しくて、(如何にコスモポリタンでなきことよ! また常に云ふソシヤリストでなきことよ!)この運動員が夫々投票したゞけでも「もう占めたものだ、万歳だ。」――「いざとなると俺には味方が多いんだ、何しろ俺はデモクラツトを守つて来たんだからな、職人の友達だけでも大したものだ、思はぬところで信用されてゐるからね。」と、非常に楽観して、投票日には得々として「青い顔をしてゐる他の連中の意久地のねえこと!」――「あまり突飛な最高点で、帰りに闇打ちにでも遇はなければ好いが。」と、まつたく不安な顔をしたり、で、いざ開票して見ると、H・タキノには一票しか入つてゐなかつた。――夜、母と、当時保養に来てゐた母方の彼の祖母と彼(文科大学生であつたS・タキノ)とが、火鉢を囲んでHの帰宅を待つてゐた。この家の真向ひに大きな黒い門のある家があつた。と、突然静寂
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