夜。徹夜は得意だから何の苦もない。)
(Kは家へ知らせてくれ、といふ。もうその必要はないのだが、どうしても知らせてくれと云ふ、Kが知つてゐる看護婦を頼みたいといふ。郵便局へ行つてKの家へ電話をかける。Kの母の声はふるへてゐやた、此方が心配させぬやうにワザと他易く云つてゐるのだと思つたらしい。少しそれもあつたが、Kの母は敏感すぎた。あしたの朝、看護婦と二人で行くと云つた。看護婦だけで好いんだけれど、遊び旁々のつもりで来るならいらつしやい、と附け加へずには居られなかつた。あんた等のところへ遊びに行く馬鹿はない、とKの母は云つた。)
(Kの母は午前中に来た。前の日に彼女が出した手紙が、彼女が夕方、丁度ぼんやり門口に立つて海を眺めてゐたところに着いて、彼女は自身で出した手紙を自身で受けとつた、もう先に来てしまつたことだつたから、と、此方を向いて彼女はテレ、帯の間に秘さうとしたが、一寸見ると宛名は自分だつたので、自分はふざけて無理に取りあげて読んだ。おとゝひから、自分達は初めて笑つた。随分長い口語体の手紙だつた。手紙を読むと、自分の胸は、一杯になつた。あの子を生んだ哀しい私は――と書いてあつた。
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