に属することを喞つた。彼は「スプリングコート」といふ旧作の中に、僅かばかり当時の模様を挿入したことがあるが、それはKが訪れて、いくらか生活が活動したので、その部分を、小説にする目的で先に日録を作つたのであるが、最初計画した小説は失敗したので、折角の日録も不用になつてゐたが、後に「スプリングコート」の時に一二個所引用した。その日録のあまりが、十四五枚未だに彼の筐底に残つてゐた。この日録は、そんな目的だつたから、小学や中学のそれのやうではなかつたが、無味乾燥は免れなかつた。
(あまり黒くなつたので人相が変つた、と云はれた。鬚を剃らうとして鏡の前に座り、顔を眺めたら自分ながら「なる程!」と思はれた。碌に泳げるのでもなく、また海辺が面白くて出掛けるのでもない。Kに誘はれて厭々行くのだ、たゞ部屋にごろごろしてゐるよりは増だから。――だが、さもさも愉快さうにはしやぎ廻る男女を見るのは適はない、誇張した動作は、見る者に不快を与へる。)
(もう、八月も半ばである、六月に一度東京に出かけて胃腸を痛めたのが、未だ全快しないやうだ。東京を思ひ出すと眩暈がする、その癖田舎の淋しさには、いつになつても慣れさうも
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