はれて熱海に居たので、夏中其処に来てゐた。熱海で、日射病にかゝり、それをきつかけにして実家に戻つた、が、また掛取金を着服して、別の芸妓に通ひ詰め、今度こそは五年の勘当を申し渡されたのだ、が、丁度その翌日が大正の大地震だつた。火災が起つて町は全滅した。――Kの家は、非常な老舗なのだが地震後は、家運頓に衰へて、嘗て十数人の職人が常に店先で花々しく製造に従事してゐたにも係はらず、何時か彼が一度前を通つた時に見たら、Kが、三四人の職人と一処になつて大俎の前に立つて、専念勇ましい音頭を執りながら、巧みにカマボコを叩いてゐた。
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(作者註。「カマボコ」とは、一種の食料品にして、相模小田原町、古来の名産なり。これが製造に当りては、長さ二間余もあらん大俎の上に材を置き、二つの庖丁様の撥を両手に握りたる数名の職人が、掛声そろへて一勢にこれを打つなり。その音、恰も木琴(Xylophone)の弾奏を聴くが如く面白し。)
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三年前、熱海に居た頃も、彼の生活も思想も今と変るところはなかつた。――Kのハガキで彼は、一寸そんな回想に耽つたりして、沁々と自分が「自己派」
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