若しもタキノが己れの日録なるものを云々などゝ思つた時と、同じやうに、さう呟いで、顔を顰めたのである。
「あなたは、さつきから何をひとりでブツブツ云つたり、首を曲げたりしてゐるのさ。」
細君は、慣れてはゐるんだが、飽くまでも尤もらしく、たとへ酔つてゐるとは云へ、変に勿体振つた身振りをしてゐる夫の様子を眺めると、堪らない疳癪が起つて、そんな風に軽蔑的な言葉を投げつけてやらずには居られなかつた。
「生活が、これでは駄目だと思つてゐるところなんだ。」
「一生そんなことばかり云つてゐれば、世話はないわ、フツ!」
「何でも好いから、俺が先きに言葉をかけないうちに、話しかけないやうにして貰はう。」
「怒らないで返事をして下さいな、――あなたは一体何……」
「黙れツ!」と、叫んだが彼は、別段憤つてゐるふうでもなかつた。情けなさうだつた。
「五月は明るい夢見時である、いつか活動の弁士がそんなことを云つたが、あれはたしかに好い文句だ。」
彼は、いつの間にか酔つ払ひの口調になつて、独りでそんなことを呟いた。――あゝ、と細君は、溜息を衝いた。が彼女は、
「何時活動などを見に行つたの?」と、多少の好奇心をも
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